ブラモリオカ

岩手県盛岡市をブラブラしています

スポット

JR山田線の上盛岡駅はなぜここに?

沿岸部の宮古駅と盛岡駅をつなぐのが JR山田線 です。 昨年の春から、盛岡市内の駅を順次紹介してきました。 上米内駅 cgon.hatenablog.com 山岸駅 cgon.hatenablog.com ラストは盛岡駅 (終点) のひとつ手前。 上盛岡駅 (かみもりおかえき) へ。 周辺は主に…

盛岡城の吹上馬場とさくらまつり

2026年は午年ということで、盛岡の「馬」ゆかりスポットを紹介しています。 cgon.hatenablog.com 第2弾は盛岡城跡公園へ。 こちらは菜園地区側の入口になります。 傾斜になっている部分は吹上坂 (ふきあげざか) と呼ばれます。 坂の上には、かつて吹上御門 (…

盛岡の馬町と馬検場跡

東北北部は古来より良質な馬の産地として名を馳せていました。 平安時代に奥州藤原氏が力を持てたのも、中尊寺金色堂に代表される金、そして名馬の存在が大きかったといわれます。 源頼朝は藤原氏を滅ぼしたあと、奥州の馬生産を絶やすまいと尽力します。 馬…

JR山田線の山岸駅

桜の季節に紹介しましたJR山田線の上米内駅です ↓↓ cgon.hatenablog.com こちらから盛岡 (上り) 方面にひと駅。 ホームと待合室だけの小さな無人駅、山岸駅 (やまぎしえき) へ。 1951年 (昭和26) に仮乗降場として営業が開始され、翌年には国鉄の鉄道駅に昇…

真夏の高松散策

高松神社です。 江戸時代に庚申信仰の場として創建された歴史があります。 本殿へ向かう階段の途中に・・・ 岩手師範学校同窓生戦没者鎮魂の碑 黙示乃健児は還らず 過ぐる大戦において 故國の急に参じ 戦陣に散り 戦病に斃れたる同窓の学友 百余名を数う 痛…

IGRいわて銀河鉄道の青山駅周辺

IGRいわて銀河鉄道の青山駅です。 もともとはJR東北本線でしたが、2002年の東北新幹線延伸にともない、第三セクターの鉄道として生まれ変わりました。 2006年に開業した比較的新しい駅で、IGRの本社もこちらに置かれています。 全体的にレンガ基調ですが、こ…

啄木新婚の家〜盛岡市街地の武家屋敷跡

今年の春、秋田・角館へ行ってきました。 角館の見どころといえば、何といっても「武家屋敷通り」ですよね。 cgon.hatenablog.com ところで、古い建物が多く残る盛岡に武家屋敷跡はあるのか? これまで紹介した盛岡の古い住宅には、町人が暮らした店舗兼住宅…

盛岡住吉神社の体操神社

盛岡住吉神社 創建は今から1000年近く前の平安後期。 安倍貞任 (あべのさだとう) 討伐の命を受けた源頼義 (みなもとのよりよし) が、大阪の住吉大社より分霊し、厨川の地 (現在の盛岡) に祀りました。 安倍氏や源氏について詳しく解説しています ↓↓ cgon.hat…

盛岡駅北改札口のオオタニサン

盛岡駅の北改札口には・・・ 大谷翔平選手と伊藤園「お~いお茶」がコラボした、ペットボトルキャップアートが登場しています。 使われているキャップは、なんと1万5,000個ほど! 人気のフォトスポットになっています。 期間は今月25日 (金) まで。 www.itoe…

岩手&さんさ発祥の地~DEMONS' HAND PRINTS IN THE ROCKS

三ツ石神社 (みついしじんじゃ) 【所在地】盛岡市名須川町2-1 むか~しむかしのお話です。 この地 (現在の盛岡) には羅刹 (らせつ) という名前の鬼が棲んでいました。 この羅刹、村人や旅人をおどかしたり、畑を荒らしたり・・・悪さばかりしていたそうです…

ナイキ橋の正体

1966年開通、北上川に架かる南大橋 (みなみおおはし) です。上を走るのは国道4号線の盛岡バイパスになります。 欄干のモニュメントに注目! NIKEのロゴマーク (スウッシュ) に似ていることから、通称で「ナイキ橋」なんて呼ばれていたりもします。 このモニ…

南部曲り家と直屋

先週のブログで少しだけ触れましたが・・・ cgon.hatenablog.com 盛岡藩領には「南部曲り家 (なんぶまがりや) 」という建築様式がありました。 母屋と馬屋を棟続きにしたL字型の住宅で、人間と馬が同じ屋根の下で生活するスタイルです。特に盛岡地域や遠野地…

JR山田線の上米内駅

前回紹介したシダレザクラの名所、米内 (よない) 浄水場。 cgon.hatenablog.com その目の前にある・・・ JR山田線 の 上米内駅 (かみよないえき) へ。 駅利用者は年々減少し、2018年からは終日無人駅になりました。 山田線は盛岡駅と沿岸地域の拠点である宮…

旧奥州街道を歩く~新山舟橋跡と御蔵のおひな様

東北本線の仙北町駅近く、この通りは旧奥州街道です。盛岡城下南の玄関口、仙北町 (せんぼくちょう) は商人町として栄えました。 出羽国 (現在の秋田) 仙北郡へ向かう街道の起点であったこと、盛岡城下建設の際に仙北郡出身者を住まわせたことが町名の由来で…

盛岡に残る安倍氏・工藤氏ゆかりの地

cgon.hatenablog.com cgon.hatenablog.com 上のブログの続きになります。ぜひとも2つの記事を読んでから、今回のものを読み進めていただきたいです。 前々回はおおまかな歴史を、そして前回は源氏ゆかりの地を取り上げました。 最後となる今回は、安倍氏 (棟…

盛岡に残る源氏ゆかりの地

cgon.hatenablog.com 上のブログの続きになります。 とりあえず前回の要約です。 現在の盛岡市から奥州市あたり (奥六郡) を治めていたのが安倍氏という豪族 安倍貞任 (一族の棟梁) の居城「厨川柵 (くりやがわのさく) 」は現在の盛岡にあった 朝廷は安倍氏…

3.10の盛岡城跡公園

梅の開花はまだ先ですが、下を見ると春の装いでした。 そして・・・ 明日で14年になります。

極寒の高松の池で春を待つ

盛岡市民憩いの場であり、観光スポットでもある高松の池へ。冬はハクチョウの飛来地になります。 撮影日 (8日) は朝の気温がマイナス9.8℃で、今シーズン一番の冷え込みでした。 この池は、藩政時代に作られた上田堤 (うえだつつみ) の名残です。 周辺は藩主…

御所湖の秋風に吹かれて

御所湖 (ごしょこ) へ。 盛岡市街地から西 (秋田方面) へ車で30分ほどの場所にあります。 正式には「御所ダム」という雫石川 (しずくいしがわ) に整備されたダムで、1980 (昭和55) 年に完成しています。 名前は旧御所村 (現在は雫石町に編入) に由来していま…

高松の池に冬の使者

盛岡市郊外にある高松の池に、今年もハクチョウが飛来しました。

サケが遡上しなくなった中津川

盛岡市街地を流れる中津川です。 秋になるとサケが遡上する街中の川として有名だったのですが、今年はまだ一匹も見かけていません。 2018年頃まで、この時期に川を覗くとウヨウヨいたのですが。温暖化などが原因で来なくなってしまいました。 そんな中津川沿…

紺屋町にあった盛岡駅

今回は紺屋町 (こんやちょう) と、かつて鍛冶町 (かじちょう) や紙町 (かみちょう) と呼ばれた地区を取り上げます。 盛岡を舞台にしたドラマや映画、旅番組のロケによく使われます。 岩手銀行赤レンガ館があるあたり・・・ cgon.hatenablog.com 現在は中ノ橋…

新旧五千円札とビクトリアロード

いよいよ新紙幣が発行されました。 新五千円札の肖像である津田梅子、盛岡出身のあの人とも親交があったそうです。 新渡戸稲造 (にとべ・いなぞう) すぐれた国際感覚を持った教育者および思想家で、旧五千円札 (1984年~2007年) の肖像としてもおなじみです…

岩手銀行赤レンガ館~辰野式ルネサンス

岩手銀行赤レンガ館 盛岡のシンボルともいえる建物です。 明治44 (1911) 年に盛岡銀行の本店として落成。 盛岡銀行が営業免許の取り消しを受けたため、昭和11 (1936) 年に岩手殖産銀行 (現在の岩手銀行) の本店として引き継がれます。 昭和58 (1983) 年、本…

盛岡城の腰曲輪に迫る

盛岡市の中心部には盛岡城跡公園があります。 豊臣秀吉の命を受け、藩主・南部氏の居城として盛岡城がつくられました。 安土桃山時代後期から明治時代初期まで300年近く、城内には何かしらの建物が建っていたそうですが、明治7年にすべて取り壊されてしまい…

開運橋~盛岡転勤と二度泣き橋

開運橋 (かいうんばし) は、盛岡駅前を流れる北上川に架かっています。 明治23年に東北本線 (上野~盛岡間) が開通。北上川と雫石川に挟まれた何もない湿地帯に駅が開業します。 市街地から駅へ向かうには橋が必要でした。 初代の橋は、当時の岩手県令 (現在…

鉈屋町~旧暦の雛祭りと3.11の絵本

鉈屋町 (なたやちょう) といいます。 奥州街道、宮古街道、遠野街道が合流し、盛岡城下南の玄関口となる重要な町でした。 町の南側には北上川が流れています。昔の盛岡は、川を使って舟で荷物を運ぶ「舟運」が盛んでした。その起点となった場所でもあります…

年の瀬の盛岡市街地

それでは皆様、よいお年をお迎えください。

宮沢賢治が通った内丸教会

盛岡城跡公園 (旧名称は岩手公園) 芝生広場の一角に、宮沢賢治「岩手公園」の詩碑があります。 岩手公園 「かなた」と老いしタピングは杖をはるかにゆびさせど東はるかに散乱のさびしき銀は聲もなし なみなす丘はぼうぼうと青きりんごの色に暮れ大学生のタピン…

材木町~ビルの隙間の理想郷 (イーハトーブ)

材木町 (ざいもくちょう) という商店街です。 藩政時代は主に材木商の町で、上方系 (京都・大阪など) の大店も多く、あらゆる業種の商人が軒を連ねたといいます。 北上川の左岸にあり、対岸にある木伏 (きっぷし) という場所から川を使って材木を輸送してい…