ブラモリオカ

岩手県盛岡市をブラブラしています

スポット

開運橋~盛岡転勤と二度泣き橋

開運橋 (かいうんばし) は、盛岡駅前を流れる北上川に架かっています。 明治23年に東北本線 (上野~盛岡間) が開通。北上川と雫石川に挟まれた何もない湿地帯に駅が開業します。 市街地から駅へ向かうには橋が必要でした。 初代の橋は、当時の岩手県令 (現在…

鉈屋町~旧暦の雛祭りと3.11の絵本

鉈屋町 (なたやちょう) といいます。 奥州街道、宮古街道、遠野街道が合流し、盛岡城下南の玄関口となる重要な町でした。 町の南側には北上川が流れています。昔の盛岡は、川を使って舟で荷物を運ぶ「舟運」が盛んでした。その起点となった場所でもあります…

高松の池と盛岡ハリストス正教会

市民憩いの場であり観光スポットでもある「高松の池 (高松公園)」へ。藩政時代に治水のため造られた上田堤 (うえだつつみ) の名残です。 周辺は盛岡藩主の鷹狩りの場でした。松林が美しいことから「高松」と名付けられたとか。 冬はハクチョウの飛来地になり…

宮沢賢治が通った内丸教会

盛岡城跡公園 (旧名称は岩手公園) 芝生広場の一角に、宮沢賢治「岩手公園」の詩碑があります。 岩手公園 「かなた」と老いしタピングは杖をはるかにゆびさせど東はるかに散乱のさびしき銀は聲もなし なみなす丘はぼうぼうと青きりんごの色に暮れ大学生のタピン…

材木町~ビルの隙間の理想郷 (イーハトーブ)

材木町 (ざいもくちょう) という商店街です。 藩政時代は主に材木商の町で、上方系 (京都・大阪など) の大店も多く、あらゆる業種の商人が軒を連ねたといいます。 北上川の左岸にあり、対岸にある木伏 (きっぷし) という場所から川を使って材木を輸送してい…

日本一広~い公民館の紅葉

盛岡市中央公民館の庭園です。 もともとこの場所には盛岡藩主の別邸があり、幕末には藩校も置かれていました。 明治維新とともに取り壊され、しばらく田畑になっていたといいます。 明治41年、藩主の流れを汲む南部家 (東京在住) の別邸として再度整備されま…

志波城古代公園と大宮神社

大化の改新 (645年) をきっかけに、大和朝廷は日本統一を目指していました。国が地方を直接支配して、税を納めさせるなどのシステムができます。 しかし東北地方の北部には、それに従わない蝦夷 (えみし) と呼ばれる人々がいました。 それを統治するため、城…